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2026年5月14日

デジタルを、火や電気と同じ『公共の灯』へ — かんたん連絡網合同会社・創業の経緯

インターネットは、まだ全員のものではない。地域・高齢層に届いていないこの『ラストワンマイル』を、火や電気のような公共インフラへ。かんたん連絡網合同会社の創業の経緯を共同代表ふたりが語ります。

著者: 呑名 健造・庄 卓児

ある自治会の理事会の場でのこと。

向かいの席に座っていたシニア理事の方が、私たちが開発したアプリの登録画面を、ご自身のスマートフォンで開いていました。少し緊張した面持ちで指を画面に置き、しばらく操作したあと、こちらを振り向いてこう言われたのです。

「できた。」

その一言を聞いた瞬間、私たちは確信しました。

「デジタルはまだ、全員のものになっていない」と。

スマートフォンが普及して10年以上。便利なサービスは無数に生まれてきました。それでもなお、画面の前で「自分にはきっと無理だ」と諦めている人がいる。そして、その人たちにこそ、本当はデジタルの恩恵が届くべきだ。

その確信を起点にして始まったのが、私たち「かんたん連絡網合同会社」の事業です。本記事では、この会社を立ち上げた経緯と、社名・サービス名にあえて「かんたん」という言葉を冠した理由をお話しします。

火や電気は、なぜスイッチ一つで使えるのか

私たちは現代社会で、火や電気を当たり前のように使っています。コンロのつまみを回せば火がつき、スイッチを押せば部屋が明るくなる。ガス管の構造を知らなくても、発電のしくみを理解していなくても、誰もが恩恵を受けられます。

これらは、技術として登場してからの長い時間を経て、「使う側のリテラシーを必要としない、公共のインフラ」へと昇華しました。

一方で、インターネットという発明はどうでしょうか。世に広まってから20年以上が経つにもかかわらず、いまだに「使う側に学習を強いる道具」のまま留まっています。

設定の意味を理解する。アプリの選び方を覚える。アカウントを作る。パスワードを管理する。通知を許可する。連携を承認する。私たちが日常的にこなしているこうした操作の一つひとつが、「リテラシーを要求するハードル」として、ある層の人たちの前に立ちはだかっています。

その結果、インターネットは「届いた人」と「届かなかった人」を生みました。若い世代や、企業や、デジタルに慣れた層には届きました。しかし、地域コミュニティ、高齢の住民、家族の連絡網といった、本来もっとも温かさが必要な場所には、まだ十分に届いていません。

この「ラストワンマイル」を埋めること。

それが、私たちかんたん連絡網合同会社の創業の動機です。

既存のサービスはなぜ届かなかったのか

「自治会のデジタル化」というテーマ自体は、決して新しいものではありません。すでに多くの企業がさまざまなサービスを提供しており、機能の充実度だけを見れば、選択肢には事欠かない時代です。

それにもかかわらず、住民の参加率がなかなか伸びていかない。導入しても利用が定着しない。役員の方々がこの悩みを抱えているという話を、私たちは何度も聞いてきました。

理由はシンプルです。住民が直面しているのは、機能不足ではなく、「複雑さへの心理的障壁」なのです。

「自分にはきっと使えない」 「家族や子に頼まないと無理だろう」 「失敗して恥をかきたくない」

こうした不安が、画面に触れる前から立ちはだかります。そしてこれは、機能を増やしたり、説明書を充実させたりすることでは解決しません。むしろ機能が増えるほど、不安は強まることすらあります。

必要なのは、「使えない」と思わせない設計です。

家族の助けを借りなくても、自分ひとりで完結できる体験。失敗しても誰にも見られない、安全な操作環境。「自分たちのための道具ではない」と感じている層に向けて、「これはあなたのための、手に馴染む道具ですよ」と静かに伝えられる設計。

私たちは、ここから出発することにしました。

創業者ふたりの背景

かんたん連絡網合同会社は、ふたりの代表社員によって運営されています。

ひとりは 庄 卓児。エンジニア歴24年以上のキャリアを持ち、Web・IT・IoTといった幅広い領域で開発に携わってきました。地域の見守りや安否を支える、目に見えない技術基盤の設計を担当しています。

もうひとりは 呑名 健造。IT・AIエンジニアとしての実務に加え、自身も自治会理事として地域の現場に立っています。シニアにも使いやすいUX設計に知見を持ち、サービスの企画・開発全般を担当しています。

なぜ「ふたりで」始めることにしたのか。

それは、自治会のデジタル化という課題が、片側の視点だけでは解けない複雑さを持っていたからです。

技術の側からだけ見ても、現場の機微は分かりません。現場の側からだけ見ても、技術的に何が可能なのかは見えてきません。

「外側から地域を支える技術の視点(庄)」と、「内側から地域を生きる住民の視点(呑名)」。このふたつが両輪としてかみ合って初めて、シニア住民が無理なく使えるサービスは形になる。私たちはそう判断しました。

ふたりの代表社員が、それぞれ異なる場所から、共通の目的地に向かって走っている。これが、当社の事業体制です。

『かんたん』に込めた3つの意味

私たちは社名にもサービス名にも、あえて「かんたん」という言葉を冠しています。

「かんたん」は、一見すると素朴で、平易で、特別な意味を持たない言葉に映るかもしれません。しかし私たちにとっては、この言葉は事業の哲学そのものを表す、もっとも重要な看板です。

そこには3つの意味が込められています。

(A) 発明をインフラへ昇華させる決意

ひとつめは、「インターネットを、火や電気と同じ公共のインフラに押し上げる」という決意です。

学習しなければ使えない道具は、技術としては優秀でも、社会のインフラには成り得ません。インフラとは、誰もが当たり前に恩恵を受けられて初めてインフラと呼ばれるからです。

学習コストを限りなくゼロに近づける。これは、これまでのデジタルサービスが避けてきた、もっとも難しい課題のひとつです。私たちはそこにあえて挑むことを、社名で宣言しています。

(B) 地域のラストワンマイルを解く鍵

ふたつめは、「これはあなたのための道具です」というメッセージそのものを、言葉で届けることです。

自治会、家族の連絡網、高齢層。これらは、デジタルが届ききらなかった領域です。「自治会DX」というどこか硬く、距離感のある言葉の前に「かんたん」と添えることで、私たちは伝えたいのです。

「デジタル化が目的ではありません。地域のつながりを、これまでより少しだけ楽に維持していくこと。それが目的です」と。

(C) アナログの良さを否定しない優しさ

みっつめは、既存の文化に対する敬意です。

紙の回覧板にも、隣近所の声かけにも、対面の集まりにも、長い時間をかけて作り上げられてきた良さがあります。デジタル化とは、それらを破壊して置き換えることではありません。

「そっと寄り添い、手間だけを減らす」。これが、私たちが目指している温度感です。「高度なシステム」ではなく、「使い慣れた回覧板の、デジタル版」。「かんたん」という言葉には、その親近感を一言で表す力があると、私たちは信じています。


これら3つの意味を、私たちなりにひとつのステートメントに整えたものが、以下の言葉です。

火や電気は、誰でもスイッチ一つで恩恵を受けられます。

しかし、インターネットという発明は、まだ一部の人や企業のものに留まっています。

私たちは、デジタルを特別なものではなく、誰もが当たり前に使える『公共の灯(ともしび)』にしたい。

地域に根ざした自治会や、大切な家族の連絡網に、難しい理屈はいりません。

誰にとっても『かんたん』であること。

それこそが、テクノロジーが本当の意味で社会を豊かにするための、唯一の条件だと信じています。

一つの自治会から始めた理由

私たちは現在、ひとつの自治会と継続的に伴走しながら、サービスを育てています。

事業としては、もっと早く、もっと広く展開したい誘惑は当然あります。それでもあえて「一つの自治会と深く向き合う」ことを選んでいるのは、明確な理由があります。

それは、シニア住民にとっての「最初の体験」が、その後すべてを決定づけてしまうからです。

スマートフォンの登録画面でつまずいた経験は、強い記憶として残ります。一度「やっぱり自分には無理だった」と感じてしまえば、次にどんなに優れたサービスが提示されても、その人の手はもう動かなくなる。シニアに限らず、誰もが持つ自然な反応です。

だからこそ、目の前のひとりに「できた」と言ってもらえる体験を、丁寧に積み重ねていくことが先決だと考えました。

数字を急がず、ひとつの成功事例を、ひとつの会話を、ひとりの「できた」を大切にする。それが結果として、二つめ、三つめの自治会への信頼につながっていく。スタートアップ的な拡大の文法とは少し違う、慎重なリズムですが、私たちはこれを正解だと信じています。

「急がば回れ」という古い言葉が、いま私たちの経営判断の真ん中にあります。

私たちが目指すこと — デジタルを『公共の灯』に

社名にもサービス名にも「かんたん」という言葉を冠したのは、私たちにとっての宣言です。

インターネットを、火や電気のように、誰もが当たり前に使える「公共の灯」へ。地域の連絡網に、高齢のご家族との会話に、自治会のお知らせに、デジタルがそっと寄り添う未来を、私たちは作りたいと思っています。

そのために、私たちは小さな一歩を、これからも丁寧に積み重ねていきます。

私たちは、デジタル化の名のもとに、誰かを置き去りにしない。

これが、創業時から変わらない、私たちの約束です。

私たちは、地域に灯をともす会社でありたい。

そう願いながら、ふたりで、明日もコードを書いています。

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