2026年5月23日
「不審な人を見ました」が、地域に届くまで ── 自治会の防犯と、警察にしかできないこと
自治会では、警察提供のチラシや地区理事の目撃情報を、月1回の理事会で共有し、回覧板で住民に届けています。けれど治安情報を自治会経由で得ている人は2割未満。地域の防犯はどこで止まっているか、自治会と警察のちょうどよい分担を、現場から整理しました。
著者: 呑名 健造
月に一度、自治会の理事会があります。
地区を担当する理事が集まり、地域のことを話し合います。そのなかで、地域の交番から届いたチラシが配られることがあります。「最近、こういう不審な人を見たという通報があります。お気をつけください」。あるいは「特殊詐欺の電話が増えています」。理事会のあと、そのチラシは回覧板に載せられて、各世帯を順に回っていきます。
地区理事の口からも、情報が出ます。「うちの地区で、見慣れない人が家を覗き込んでいたと聞きました」。「夕方、しつこい訪問販売の人が来ていたそうです」。そうした目撃情報も、理事会の場で他の地区理事に共有されます。
これが、私たちが伴走している自治会で、防犯情報が共有されている経路です。
私たちかんたん連絡網合同会社は、自治会向けのデジタル化サービス「かんたん自治会DX」を開発・運営しています。防犯に関する機能も持っています。だからこそ「アプリにすればすべて解決する」と急いで言う前に、いまの自治会が何をできていて、何ができていないのかを、正確に見ておきたいと思います。
月1回の理事会と、回覧板の足取り
防犯情報が共有されるのは、月1回の理事会と、その後の回覧板です。
理事会で警察提供のチラシや地区理事の目撃情報が共有され、それをもとに回覧板が回されます。回覧板は1世帯ずつ、隣の家、その隣の家、と順番に回っていきます。地区の世帯数によりますが、ひと回りするのに数日から1〜2週間ほどかかることもあります。
これは、自治会の情報伝達としては自然な経路です。けれど、防犯情報という性質を考えると、いくつか考えなければならないことがあります。
ひとつは、速度です。たとえば「昨日、子どもへの声かけがありました」という情報が、月1回の理事会のあと、回覧板で各世帯に届くまでに、早くて数日、遅ければ1ヶ月以上かかります。「気をつけたほうがよい」ことを、リアルタイムに近く知らせることはできていません。
もうひとつは、到達率です。内閣府の治安に関する世論調査(令和3年12月)によれば、人々が日頃、治安に関する情報を得ている経路は、テレビ・ラジオが95.7%、新聞が80.1%。一方、自治体や自治会から得ているという回答は18.1%にとどまります。
裏返せば、自治会の回覧板で防犯情報を流しても、それを治安情報の主要な経路として認識している住民は、2割に届かないということです。多くの住民は、地域の防犯情報を、地域からよりも、ニュースやSNSから受け取っています。
自治会の回覧板を主役にしようと頑張る前に、まず、この現実を受け止める必要があります。
それでも、自治会は防犯にちゃんと取り組んでいる
回覧板に頼った情報共有が完璧ではない、というのはひとつの事実です。けれど、自治会が防犯に対して何もしていない、わけでは決してありません。むしろ、回覧板の手前で、地域は地道に動いています。
警察庁の発表によれば、全国で活動している自主防犯ボランティア団体は約4万4千団体、構成員はおよそ230万人に上ります(警察庁・自主防犯ボランティア活動支援サイト)。そのほとんどは、自治会・町内会、PTA、地域の有志などです。
私たちが伴走している自治会でも、いくつかの取り組みが続いています。
ひとつは、見回りのパトロールです。希望者を募り、定期的に地域を歩きます。一人ひとりが警察官のように犯人を見つけるわけではありません。けれど「人の目があること」自体が、犯罪の抑止になります。何かが起きてから動くのではなく、起きにくくする。これは自治会の領域です。
もうひとつは、防犯カメラです。地域の主要な通りや、人通りが少なくなる場所に、自治会として防犯カメラを設置しています。設置費・維持費には公的な補助制度があり、たとえば多摩市の補助制度では、自治会・町会・商店街などが設置するカメラに対して、市から費用の一部が補助されます。
加えて、各家庭が自宅に防犯カメラを設置する際に、自治会が補助を出す制度もあります。地域全体の「目」を増やす取り組みです。自治会単独のカメラだけでなく、住民の家のカメラも合わせて、地域を見守る目を厚くしていく考え方です。
そして、回覧板を通じた情報共有。これは前の節で見たとおり、速度や到達率に課題はあります。それでも、警察提供のチラシや地区理事の目撃情報を、自治会という地域単位で受け止めて住民に届ける経路は、回覧板以外には、現状ありません。
こうして見ると、自治会の防犯活動は、けっして表に立たない地味な仕事の連続ですが、続いています。月1回の理事会、月1回の回覧板、月数回のパトロール、年に数回のカメラ点検。派手さはないけれど、回っている。これが、地域の防犯の足元にあるものです。
それでも「面」になりきれない、3つの限界
自治会が能動的に取り組んでいることを確認したうえで、改めて、その難しさを見ます。
防犯情報の共有について言えば、自治会の網は、すべての不審者情報を捉えているわけではありません。地区理事が知った情報だけが、理事会で共有されます。住民の誰かが見聞きしたことも、それが地区理事に伝わらなければ、自治会の網には入ってきません。
なぜ網にすべてが入らないのか。3つの構造的な理由があります。
「不審な人」と言いきれない
1つ目は、「不審者」という言葉そのものの曖昧さです。
たとえば、見慣れない人が家を覗き込んでいた。けれど、その人は本当に不審者なのか。営業の人かもしれません。物売りの人かもしれません。あるいは、隣の家を訪ねてきた、誰かの知り合いかもしれません。
犯罪者かどうかは、一般の住民には判断できません。判断できないから、「これは共有していいのかどうか」を考えるうちに、伝えるタイミングを逃してしまう。あるいは「気にしすぎかもしれない」と、自分で打ち消してしまう。
実際、地域の警察の方も、自治会の理事会に来てくれたときに「とにかく怪しい人、しつこい営業を見たら、まずは交番に連絡してください」と言ってくれました。判断する前にまず連絡を、というメッセージです。けれど住民の側からすると、「交番に連絡するほどのことなのか」という判断が、最初に立ちはだかります。
判断の負荷が、共有の手前で情報を止めています。
地区理事の網には、限界がある
2つ目は、地区理事というサンプリングの薄さです。
地区理事は、自分が直接見たこと、住民から声をかけられたこと、たまたま耳にしたこと。そういう範囲のことを、月1回の理事会で他の理事に共有します。
けれど、地区理事は地区のすべてを見ているわけではありません。仕事や家庭がある中で、地区理事の役を担っています。住民が見聞きした不審者情報のうち、地区理事に届く分は、ごく一部です。
これは地区理事の責任ではありません。網の構造の問題です。住民から地区理事への「伝える経路」が、口頭か、たまたまの立ち話か、地区の集まりのとき、くらいしかありません。決まった伝え方がないので、伝わるかどうかは、たまたまに左右されます。
空き家チェックで年に一度、地区理事が地区を歩いて確認する話を以前の記事で書きましたが、あれと同じ構造です。地区理事の足と目で届く範囲のことを、地域は把握しています。逆に言えば、その範囲の外側は、把握できていません。
担い手が、薄くなっている
3つ目は、自治会の網そのものが、年々細くなっていることです。
総務省の自治会・町内会の活動の持続可能性についての調査によれば、全国の自治会加入率は、平成22年(2010年)の74.2%から、令和2年(2020年)の67.0%へと、10年で約7.2ポイント低下しています。都市部ではさらに大きく下がっています。
加入していない世帯の情報は、自治会の網には入りません。網そのものが、年々目を粗くしているということです。
加えて、防犯ボランティアの担い手は高齢化しています。警察庁の調査によれば、全国の防犯ボランティア構成員の71.4%が60歳以上、40歳未満はわずか8.7%です。パトロールに出る人、防犯カメラを点検する人、回覧板を回す人。その多くが、すでに高齢者です。
行事の担い手の世代論で書いたことと、ここでも同じ構造が現れます。「面」を作る側の自治会と、その「面」の目が、年々細く・粗くなっている。これが、防犯情報の共有の手前で起きていることです。
自治会と警察、ちょうどよい分担を考える
ここまで見てきたことを整理すると、自治会の防犯と警察の防犯は、対立するものでも、肩代わりするものでもなく、役割の層が違うことがわかります。
- 予防・抑止(パトロール、カメラ、地域の目)は、主に自治会・住民が担います。
- 対処・捜査・検挙は、警察にしかできません。
- 情報の流通は、両者の接点で起こります。
警察にしかできないことがあります。被害が出たときの初動、犯人の特定、検挙。これは自治会には絶対にできません。だから警察は「まず交番に連絡を」と言うわけです。
一方、自治会にしかできないこともあります。地域の見慣れた顔ぶれを知っていること。誰がどこに住んでいるかをある程度把握していること。日々歩く道のなかに、地域の目を置けること。警察が常に地域全体を見回ることはできませんから、ここは自治会・住民の領域です。
そして、両者のあいだに「情報の流通」があります。警察から自治会へ(チラシ・防犯メール)、自治会から住民へ(理事会・回覧板)、住民から警察へ(交番への通報)、住民から自治会へ(地区理事への報告)。
このうち、警察→自治会と自治会→警察は、警察という制度がしっかり受け取ってくれます。住民→警察は、警察の「まず交番に」というメッセージで促されています。
もっとも経路が細いのは、住民→自治会と、自治会→住民の方向です。月1理事会、地区理事の網、回覧板。これらをどう速く・厚くするか。ここに、自治会のデジタル化が貢献できる余地があるのではないかと、私たちは考えています。
内閣府の同じ世論調査では、警察に求める活動として「住民の自主防犯活動・パトロール支援」を挙げた人は31.3%でした。警察の側にも、自治会・住民の活動を支えてほしいと国民が思っています。地域の防犯は、警察か自治会か、ではなく、両者が分担しあう関係です。
私たちが、いま試していること
私たちが「かんたん自治会DX」で開発しているのも、自治会を防犯の主役にすることではありません。自治会と住民、自治会と警察の「あいだ」を、ほんの少しスムーズにすることが、設計のおもな目的です。
たとえば、防犯カメラの補助金の申請。自治会から各家庭への防犯カメラ設置補助は、これまで紙の申請書のやりとりが中心でした。これをアプリから簡単に申請できるようにしています。申請の手間が下がれば、申請する家庭が増え、地域全体のカメラの目が、少しだけ厚くなるかもしれません。
もうひとつ、住民から自治会への不審者情報の共有。住民が「不審な人を見た」と感じたとき、それを地区理事や自治会へ簡単に伝えられる仕組みも作っています。ただし、これは機能を作っただけで、本格運用はこれからの段階です。「不審者」の判断の難しさを、地域でどう共有していくか。住民の側に判断負荷を押し付けない伝え方をどう設計するか。運用しながら、少しずつ整えていく必要があります。
私たちはひとつの仮説を持っています。早めに情報が共有されれば、住民の防犯意識は少し上がるかもしれない。意識が上がれば、地域の目が増えるかもしれない。目が増えれば、地域はほんの少し安全になるかもしれない。
仮説です。証明できているわけではありません。情報を増やすことが、かえって「怖い地域」という印象を生むかもしれない、というリスクも知っています。だから、慎重に進めていきます。
そして、住民から警察への直接の通報経路は、私たちのアプリでは置き換えません。緊急のときは、まず110番。怪しい人を見たら、まず交番。これは警察自身が言っている、いちばん大事なメッセージです。アプリは、その手前にある「自治会と住民のあいだ」の細い経路を、少し太くするためのものです。
おわりに ── 防犯は、誰のものでもなく、地域のもの
防犯は、警察のものでも、自治会のものでもありません。地域に住んでいる、私たち自身のものです。
警察は、犯罪の対処に責任を持ちます。自治会は、地域の目を増やすことに責任を持ちます。住民は、自分の家と、隣の家と、その隣の家に、少しずつ目を配ります。
そのあいだを、情報が、ちゃんと流れる。スムーズに、速やかに、必要なときに。それが、地域全体の安全をつくる地味な仕事です。
月1回の理事会と、回覧板。地区理事の網。パトロール。防犯カメラ。これらはすべて、地域が地域自身を守るための、地味な営みです。完璧ではありません。網には穴があります。それでも、地域を守る仕事は、地域以外の誰もやってくれません。
私たちかんたん連絡網合同会社が作っているのは、その地味な営みを、ほんの少しだけ楽にする、ちいさな道具です。地区理事の連絡を少し速くする。回覧板の代わりにスマホに通知が届くようにする。補助金の申請をかんたんにする。住民が地区理事に「気になる人を見ました」と伝えやすくする。
地域の防犯を、誰か一人が背負うのではなく、地域全体で、少しずつ分け合える仕組みにする。それが、私たちにできることだと、いまは考えています。
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